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真珠 物語 9

2020.06.10

仕事

  • 真珠物語

6月10日、梅雨入り宣言とか

梅雨明けは、7月20日頃なので暫くはシトシトか…

夏日はどこへやら、店主です

 

もし、近所の川で真珠が採取できるとしたら…

実際に、1800年中期、アメリカのニュージャージー州で

\川で採取した貝から「真珠」がでてきた/

ということがあったそうです

 

それを聞いた近所の人が、川へ貝を拾いに行ってみると

小さな真珠が出てきました

その真珠は宝石商ティファニーが買い取ったとして話題になり

人々はこぞって川へ真珠を取りに入ったそうです

川底にはびっしりと貝が生息していて

様々な淡水パールが発見されました

このことを「パールラッシュ」と呼びます

 

淡水パールといって「海水で取れた真珠」とは少々異なります

ちなみに、このミシシッピ川では、その貝をボタンにするための

工場が建てられて多くの「貝ボタン」が作られました

しかも、生産量はイギリスのバーミンガムがトップでしたが

それを上回り世界最大の生産地になったそうです

戦後になり、プラスチックのボタンが主流になり衰退していきます

川で貝拾いをしていて、偶然にも貝を発見

そこから宝石商が貝を買取り、淡水真珠が採取され

貝ボタンの工場ができて繁栄する

面白い歴史です

 

 

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真珠 物語8

2020.05.28

仕事

  • 真珠
  • 真珠物語

半袖が必須になってきました

ようやく灯油ストーブをメンテナンスし押入れへ

衣替えを終えた、店主です

 

養殖前の天然真珠の採取について書いてみます

真珠

天然真珠産地は「ペルシャ湾」

今は採取されていませんが

紀元前から近年まで採り続けられました

日本のアコヤ貝に似た種類だったようです

現在のように養殖はなく

「天然の貝の中から偶然の産物」を求めて海に潜ります

大小様々な船に男性のダイバーが乗り込み

航海に出ると数ヶ月は船上で生活、潜り続けていました

原始的にロープを腰につけて

重りである石などと一緒に潜水

一定期間で引き上げられ、貝を見つければ採取

今みたいな高性能なゴーグルもないので目も痛いでしょう

当然、海中の猛毒を持った魚からの攻撃もある

そんな大変な貝採取から、真珠が採れるのは低確率だったようで

書物によると、35,000個の貝の中で出てきた真珠は21個

その内で商品価値があるのは3個…気が遠くなります

真珠のカフス

「スリランカ」も天然真珠産地であったようです

マルコポーロの東方見聞録にも記されています

ここの海域には鮫も生息し危険が伴いました

その鮫から身を守るため、船には「呪い師」が同船し

鮫を呪文で眠らせる…という書物もあるようです

パール

また採取した貝から、真珠を取り出すことも大変です

ひとつづつ貝をナイフでこじ開けることは容易ではありません

そこで貝を天日干しにして腐敗させ、様々な虫が寄り付き…

この先は文章にはできない光景

きっと悪臭が立ち込めたことでしょう

 

これだけ大変な作業をしてでも

「真珠を採取できる=一攫千金」だったのでしょう

養殖真珠ができる以前の紀元前から近年までは

本当の意味での宝物だったことが想像できます

 

 

 

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真珠 物語7

2020.05.06

仕事

  • 真珠物語

真珠、さかのぼって考えてみる

古い文献や書庫にある参考図書から

何か面白く「へー」がと思っていただければ、店主です

 

今回は、古い時代にはいつ頃?

真珠は「人間との付き合いが最も古い宝石」

pearl

宝石といえばダイヤモンド、ルビーなど想像できる

硬くてカット研磨しないと輝かない

(ダイヤモンドは、新しい文化で生まれたもの)

真珠は貝から「ポロッ」と偶然できた産物で

それだけで美しく神秘的な存在だった

 

真珠

 

紀元前9年まで、さかのぼり古い採掘痕跡があったようだ

ギリシャの詩人「ホメロス」の書いたとされる書に

真珠のことが記されている

紀元前4年のアレクサンドロス大王が築いた

「ヘレニズム文化」においても、宝飾品として愛用する

ローマ帝国でも、富と権力の象徴として真珠は宝物として扱われる

ペルシャ湾や紅海は天然真珠を、命懸けで潜り採掘されていた

 

真珠

プリニウス(AD23-79年、博物学者)が書いた「博物誌」

ペガサスやユニコーンが描かれている中で

宝石の記述があり真珠も出てくる

 

ここまで古いと想像しにくいですが

当時から魅了され貴族のためのアイテムだったこと

採取する海の男たちのロマンは感じられる

 

 

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真珠 物語6

2020.04.29

仕事

  • 真珠物語

養殖真珠は日本の文化

色々と深掘りすると面白い

当時の歴史背景を想像するとロマンが広がる、店主です

 

真円真珠

そこには、御木本氏に加え

西川藤吉氏、見瀬辰平氏の3名の名前が出てくる。

 

真珠

御木本氏のパートナーだった研究者の弟子であり

後に娘婿になった、西川藤吉氏が登場。

精力的に真円真珠の研究に取り組み成功を収める。

1907年に「真珠形成法」を特許出願後に実験途中に他界。

後に現在の真珠養殖の基本となった。

 

もう一人、船大工だった見瀬辰平氏も奮闘。

西川氏と同じ1907年に、養殖時につかう工具「注射針」を特許出願。

残念ながら彼も早くして亡くなる

 

見瀬氏と西川氏の真珠の研究結果は

「Mise-Nishikawa Method」と呼ばれている。

 

御木本氏は、半形真珠の成功の後

養殖技術の向上により事業も拡大させて

「真円真珠」の探求を続ける。

そして1917年に御木本氏は

「全巻式」という技術を特許出願し安定した真珠養殖に成功。

この方法で産出された多くの真円真珠は

海を渡って1919年ロンドンへ持ち込まれた

 

パールリング

 

その後、日本の養殖業者は

日本のアコヤ貝以外の養殖も出来ないかを考え

オーストラリアやインドネシアの白蝶貝

タヒチの黒蝶貝への養殖へ挑戦する

世界に広まったのは、かなり後のようですが…

 

1893年の半形真珠から真円真珠成功までの期間

そして、一般庶民が手にできるまでの長い道のり。

この頃は、「明治の発明と産業」が盛んになり

「トヨタ自動車」の豊田佐吉が自動織機を開発など

日本全体が活気があったのでしょう。

面白いです。

 

ここまで

物語1 真珠とは…

物語2 真珠の誕生

物語3 アンティークな真珠

物語4 明治初期の様子

物語5 明治後期と養殖真珠(半円真珠)

 

次回は、真珠のエピソードを紹介したい

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真珠 物語5

2020.04.23

仕事

  • 真珠物語

真珠、必需品

歳を重ねるとフォーマルなシーンは外せない

反対にあると便利アイテムでしょう、店主です

 

明治後期の養殖真珠、現代のパールネックレスがあるのも

この時代に熱意をもち尽力いただいた先人のおかげ

日本のジュエリー界の偉業でしょう

明治後期といえば、着々と繁栄し、海外への進出に興味をもったのだろう

日清戦争、日露戦争 などの出来事もありました

そんな中で御木本氏は、真珠の魅力に興味を持ち

様々な行動、挑戦を続けます

真珠

1893年、35歳のときに「半円真珠」の養殖に成功しました

もともとアコヤガイから真珠は採れたようですが

養殖ではないので、真珠がはいっているか?わかならい

自然にある貝を乱獲され、貝自体が少なくなってしまったようです

まずは貝を増やすことに注力し、同時に養殖の研究です

研究といっても、一人では出来ない

当時の水産界の役人(議員)を支援者とし

最高権威の研究者を訪ねて研究を重ねる

この段階でも凄い行動力です

最初の養殖成功は、半分だけ球体になった真珠でした

それを持ち前の行動力で東京へ上京し商人になったようです

商才がよほどあったのでしょう

その半円真珠がヨーロッパで興味を持たれるようになり

活躍の場所が世界へと広がります

真珠養殖場の経営、東京ではジュエリーアトリエを作り、海外への輸出。

このとき、今度お札にもなる「渋沢栄一」とも知り合っている…凄いです

もうこの頃、40代と年齢もいちばん気力が乗っていい時期だったのでしょう

行動力と努力の結果ですね

 

次回は「真円真珠」までの道のりを、まとめてみたいと思います

 

 

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